Day40▶︎ゴール。終わるもの、終わらないもの

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40日目(2014年10月10日:ゴール!)
O Peroudzo→Santiago de Compostera:20キロ

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ゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラのカテドラルでは毎日12:00からペリグリーノ向けのミサがあるので、これに出席するために6時に出発!私の時速は5キロ、20キロの距離だから10時には到着するはず。

外はまだ、真っ暗。昨日までの天気は大雨、今日も予報は雨だったが、濃霧ではあるものの月が出てる。

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6時なのにまっくら。道には誰もいない。(普通はペリグリーノが数人いるはずなのに)

道には、昨日まで、あんなにウヨウヨいたペリグリーノがだあれもいない。まだ寝ているのかな?真っ暗で誰もいない「山道」を歩くのは、遭難などが怖いので「車道」を歩くことに。だが、車道では私が歩くすぐ脇を150キロくらいのもうスピードででっかいトレーラーがごわーんとかすめる。

トーチ(懐中電燈)をかざして、運転手さんに、おーい、ここに人がいるからねー!をアピールしておいて・・・すかさず車道から逃げる!すごい濃霧なので、トーチの細い光は運転手に届いていないを思われ、スピードは全く落とさずに通りすぎていくので、とても怖い。ああ、山道も車道もどっちも怖いなら、自分が気をつければいい山のほうが良かったなと思いながら、一人でキャーキャー言いながら2キロを歩く。

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細い歩道を歩く私の横を大型トレーラーがゴワーンと通る。

途中でエネルギー補給のために、カフェに入ったが誰もいない。昨日の混雑がウソのよう。どうしたんだろう?

歩いていくと、晴れた。私って運がいいなぁといろいろなものに感謝。image_15563474385_o

途中で、脚が悪い奥様がいるペリグリーノ夫婦に再会。

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推定55歳。奥様の両脚の関節は曲げることができない状態。歩くのに時間がかかるので、早朝から夜までひたすら歩く彼女。そして、その彼女の30-50メートル先には旦那様が待っている。この夫婦は、こうして800キロを歩いてきたのだろう。この夫婦にラストウォークで再会することになにかの意味を感じてしまう。

そして、最後の村に到着。
これが最後のカフェソロかぁとしみじみと飲んでいると、純粋な日本人なのに性格だけはラテンな石原さんが通りかかった。

お!!ともちゃあーん!
お姫様はコーヒーのんでんのかい。
ぐははは。

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この真ん中のブルーのジャケットが石原さん。英語もスペイン語もできる。昔は偉い人。

私のシミジミリーな回想や妄想はここまで。しゅ〜りょ〜。そのままガハガハ笑いながらのサンティアゴ到着となった。image_15563481595_o

サンティアゴの街では、石原さん達は荷物を預けに近くのアルベルゲへ。私はカテドラルまでの二キロを一人で歩いた。広場への階段を降りると…

ん?

・・・・ツル・・・だ!

前前職の友人ツルがこんなことをして待ってました。

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お手製の幕をもっていて、待っていてくれたツル。

ツルは、横断幕とシャンパンを用意して待っていてくれました。「な、何やってんの・・・もう・・泣けるじゃないか・・・」と抱き合う。本当にありがとう。

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空港でなんども没収されながらも、めげずに買い続けて持ってきたシャンパン。

12時ちょっと前になったので早速ミサへ。一日に三回ほど行なわれるミサのうち12:00のものはペリグリーノのためのもの。それに参加。

ぎょえー。

こんなにペリグリーノがいる!
多少、一般ピープルも混じっているものの、千人はいるんではないだろうか?

image_14942725284_oウロウロしていたら、ペリグリーノ仲間ドイツ人の男の子ロッコが目の前にいた。お互いゴールできたんだね!とハグAND握手。

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ドイツ人のロッコと記念撮影。

前日に到着してるロッコは先輩づらして「ヤコブ像には後ろから抱きつくんだよ」「ここがボタフメイロを見るベストポジションなんだ」など、神父様のお話を聞きたいと思っている私を無視して、カテドラルを連れ回ってくれた。どうせ聞いてもわからないからいいし、若いボーイと教会の中をキャッキャと歩くことももうないだろうし。image_15539759696_o

そして、メインイベント。香炉がブンブン振り回される「ボタフメイロ」が始まると、君はチビだから見えないだろ?と、抱っこしてくれる大サービス。

旅の途中では、ゴールの教会では、きっと私は讃美歌や神父さまの説教を感動の涙をながしながら聴いてるだろうなぁと想像していた。なのに、実際は、イケメンボーイとキャピキャピとおしゃべり。

軽い!軽すぎるぞ、私のゴール!笑

ミサ後は、お腹すいたねーと、ツルとバルへ。途中、ダナちゃんも到着して合流。そして、パラドールへチェックイン。

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ダナちゃんも合流して、飲み会開始!

この夜には更に日本から、マルちゃんが合流して合計四人のかしましい女子旅になりました!→詳しくは番外編にて。

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最後の数日間は「旅が終わる」ことについて考えながら歩いていた。”旅が終わる”ことが寂しくて仕方なかったのだが、”終わる”ということは、なぜに、こんなにも”寂し”くて”切ない”ことなんだろうかと。

私は会社を2度辞めた。とても思い入れのある会社だったけど、思うことがあり、その会社での人生に終止符を自ら打った。辞めたことは後悔はしていないけど、思い出すと、胸が切なくなる。

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同僚がみっちりと書き込んでくれたガイドブック。

そんなことを考える中で、ペリグリーノ仲間に言われたことを思い出した。

その人はオランダ人。一緒にご飯を食べて帰る時に、なぜ英語ができるのかと聞かれた。前々職が外資系でグローバルなプロジェクトリーダーにアサインされた時に、相当鍛えられたからではないか、と答えた。

すると、その人は「その力をくれた会社に感謝だね」と言った。

また、イタリア人の広告会社の社長さんだったジョルジュは、写真は上手いし、日本のこともよく知ってるねぇと褒めてくれた。リゾート企業の広報をしていた時にちょっとだけ勉強したからかな?と言うと、ああ、だからかぁ、と。

そうか・・

その会社で働いたことは、私の血となり肉となり、私という人格を形成してくれていたんだなと。厳しく鍛えられたことは全て栄養となり、今の私がいる。

また、私の父はとても悲しい亡くなり方で人生を終えたが、その生き方は私にとても大きな影響力を与え、私を大きく成長させてくれた。父の存在は、いまも尚、私の成長の糧である。

世の中が移り変わる中で、私と対峙してくれた人からいろいろなものを吸収して、私が次に生かしていく。引き継いで生かしていけば、終わらない。そうやって、自分が死ぬ時に、ああ、楽しかった、やれることはやったので、あとはよろしくね、と笑っていたいし、後に残された人にも悲しんで欲しくない。

だから、私は自分の使命を感じるところに向けて、自分の人生を生き尽したい。

ああ、史上最高に楽しい旅だった。

これからの私にとっても、みなさんにとっても、よい旅の巡り合わせがありますように。

Buen Camino!

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